伊能忠敬先生と妙覚寺


我が国の地理学における先駆者として有名な伊能忠敬は、16世紀の初めに、当寺を再建した普請奉行「小関五郎左衛門」の子孫として、当寺のある小関村(現在の千葉県山武郡九十九里町)で生まれ、10才になるまで成長し、当時の妙覚寺住職に数学などを学んだと言われています。
伊能忠敬は、下総(千葉県)の佐原で、事業家として成功したあと、49歳で隠居し、
50歳のとき、江戸に出て、天文・暦学を修める。
きっかけをつかんで地図作りを始め、
シニア世代の17年をかけて日本全土を測量し、
初めての実測による日本全図を作成
という壮挙を成し遂げた。
- InoPedia 伊能忠敬e史料館より引用(外部リンク)
なお小関家先祖の墓碑は当寺の境内墓地に在ります。

伊能忠敬出生の地(記念公園) 千葉県指定史跡
妙覚寺すぐそばにあった小関家の跡地には、伊能忠敬誕生250周年の年に、九十九里町町制施行40周年にあたり、記念事業の一環として小関の生家跡に銅像を建立、周囲約1600平方メートルの公園として整備されました。
妙覚寺の各種史跡と合わせて、伊能忠敬の「足あと」を出生地であるこの九十九里から巡ってみてはいかがでしょうか?
伊能忠敬は江戸後期の著名な地理学者・測量家。我が国最初の実測地図「大日本沿海
輿地全図」を作製した人物です。
その忠敬の出生地、九十九里町小関に『伊能忠敬記念公園』があります。
閑静な中、この公園で忠敬の偉業に思いを馳せてみては。
- 九十九里町ホームページより引用(外部リンク)